ごくりと喉が鳴る。

 

「沈黙は肯定ととるよ」

「いつ、気付いたの?」

向かいあったまま、変わらない距離のまま静かに問う。

今更否定したって、信じないだろうし私も良い逃れきる自信がない。

 

 

「つい最近だよ。君の姉…いや、弟とのやりとりを偶然聞いちゃってね」

なるほど、夜に窓を開けて電話をしていたのがマズかったのか。

部屋なら大丈夫かと思っていたのだけれど、詰めが甘かったということだ。

 

 

「はは、びっくりしたよ。さすがにね。阿伏兎もすっかり騙されちゃってさ」

「阿伏兎も、このこと」

「あいつには言ってない」

聞きたかった返事は私の質問を遮って返ってきた。

 

「学校にも言ってないみたいだし、これがバレたら停学どころか退学だろうね」

くすくすと神威は目を細めて笑う。

 

 

 

「…今日までよ」

「ん?」

「だから、今日までだって言ってるの」

「…詳しく聞かせてもらおうかな」

ここでって言うのもなんだからと言って神威は立ち上がる。

 

服の裾を乱暴に叩いて伸ばし、ベッドを指差す。

いや、さすがにそこはちょっと、と躊躇って結局私はベッドの傍にある勉強机とセットのイスに座った。

それにしてもこの机、綺麗に片付きすぎだろう。

勉強してないのがモロバレである。

 

 

 

イスの方が座高が高くなるため、神威を見下ろしながら今日までの経緯を説明した。

なぜ、私が利瀬と名乗ってこの学校にいたのか。

そしてそれも明日で終わるということ。

 

 

 

 

 

「なんだ、もうゲームセットなんだ」

少しつまらなさそうに言って神威はベッドに仰向けに倒れた。

 

 

「だから、誰にも言わないでほしいの。面倒なことになるのは嫌だし」

「言わないよ、俺だって面倒は嫌いだ」

ごろりと仰向けになった体を横に倒し、私の目を見る。

 

「それに俺が職員室なり校長室なり行ったら、君の事を話す前に俺がお小言言われそうだしね」

「ああ、確かに」

神威に会った初日に壊れた掃除用具ロッカーを思い出す。

阿伏兎の口ぶりからしてあれが初めてではないはずだから、お小言では済まないではなかろうか。

 

 

 

「でも、ほんとに女の子なんだね。こうして普通に話してると全然男に見えないや」

再び体を起こして、今度はまじまじと私を上から下まで見つめてくる。

「…まあ、私としても一週間も騙しとおせるとは思ってなかったよ」

 

実際、途中でバレるだろうと思っていた。

特に銀時なんて同室なのだから、真っ先にバレるんじゃないかと思っていた。

 

 

…ん?

 

 

「ああああ!ちょ、待った、学校!今日補講あるの忘れてた!」

「補講?そんなのあったっけ」

銀時ですら知ってたのに、こいつは補講の存在すら知らないのか。

というか阿伏兎は教えてあげなかったのか。

 

 

「どうせ補講なんて半日で終わるんだし…あ、もう終わってるか」

「え」

机に置かれたデジタル時計には11時38分と表示されている。

 

 

「か、皆勤賞がぁぁ!」

「皆勤賞狙ってたの?一週間しかいないのに?」

心底疑問に思っているのか、それとも馬鹿にしているのだろうかという声音だった。

確かに私がこの一週間頑張ったところで、弟が皆勤賞を目指すとは考えられない。あいつ絶対サボる。

 

 

 

 

「このままいちゃえばいいのに」

 

 

ぽつりと零れた言葉は、さっきまでのものとは違うものだった。

 

「いや、それは、無理だと思うよ。さすがにずっとは…騙しきれないと思うし」

嘘を吐き続けるのも大変なのだ。特に、銀時に嘘を吐き続けるのは難しいだろう。

 

 

 

「誰も学校に居続けろなんて言ってないよ」

それならばどういう意味だと問いかけると、神威はにこりと笑った。

 

 

「ずっと、この寮にいればいい。ここから君が本来通うべきである学校へ行けばいいさ」

「ああ、そういう……っていやいやいや。それはそれで問題あるし、結局同じ事じゃないの」

 

ここから通うのもできなくはないけれど、それってつまりずっと銀時と同じ部屋ってことだよね。

それって結局銀時に嘘を吐き続けるのと一緒なんだよね。

 

 

 

「彼の部屋が嫌なら、俺の部屋に住んじゃえば?」

俺ならもう君の正体知ってるし、と笑う。

 

確かに少しは気楽になるのかもしれないけれど…いや、だめだ、相手が神威って時点で気楽になんかなれない。

「命の危機を感じるから、神威の部屋は遠慮するよ」

「まだ言ってるの?殺そうとなんて思ってないよ」

寧ろ、と神威は言葉を続ける。

 

 

「あの時、君を殺さなくてよかったよ」

「…あの時は殺す気だったのか」

初対面の時を思い出してゾッとする。

 

 

 

今も殺さないと言ってはいるが、いつ気が変わるか分かったものじゃない。

「そろそろ部屋に戻るよ。銀時も帰ってきてるかもしれないし」

「え、もう帰っちゃうんだ」

玄関へ向かう私の足音に続いてもうひとつ足音がついてくる。

 

 

「ねえ、

名前を呼ばれて足を止め、振り返る。

 

「…あのさ、それ、癖つけないようにしてくれよ。外で僕の本名呼ばないように」

「あ。もう口調戻ってる」

会話のキャッチボールをお願いしますと心の中で小さくため息を零した。

それがバレたのかどうかは分からないけれど、神威はにこりと笑って私の進行方向へ移動する。

 

 

 

「他の奴に、バレないようにね」

「へ?」

 

きょとんとして神威を見上げる。

こいつなら真っ先に、私の正体をバラしてからかうと思っていたのに。

 

「俺以外の奴に気付かれちゃ駄目だよ」

「そりゃあ…気付かれないようには、するけど」

けど、確実に気付かれないとは言い切れない。

 

煮え切らない返事しか返せない私に神威はなんの躊躇いもなく顔を寄せた。

その瞬間、今まで聞こえていた時計の秒針の音も、外の雑踏も、なにもかもの音が消える。

残るのは顎に添えられた手の温もりと、それ以上に温かく柔らかい、唇への感触。

 

 

 

身構えても、心の準備もしていなかった私は、目の前でにこやかに笑う奴をただ目を見開いて見るしかできなかった。

 

 

「もしバレたら、全校生徒の前で今と同じ事しちゃうからね。

 

 

にこりと笑った男に思い切り回し蹴りを繰り出す。

するりとかわされた上にゴスッと壁を蹴ってしまい、足にじんわりと痛みが走る。

けれどそんなもの今の私には関係なかった。

 

 

「決めた!今ので決めた!!絶対こんなとこ住まない!!!」

 

ええー、と不満の声を出す神威を放置して私は玄関から走るように外へ出た。

 

 

まだ、外は明るい。

 

 

 

 

 

決意は固まった










(「利瀬てめえええ!俺だけに補修行かせやがって!」「うるさいよ!今それどころじゃないんだよ銀時のバカ!」「逆ギレ!?」)

 

 

 

 

 

あとがき

6日目にして急展開。

2013/05/04