「…以上で作戦の説明は終わりだ。健闘を祈る、生きて帰るぞ!」
「おおーっ!!!」
ヅラの立てた天人奇襲作戦を決行すべく、半月の夜に私たちは各々刀を手に立ち上がる。
もちろん私も攘夷志士の一人、戦地へ向かうため刀を手に取る。
「よぉーし、奇襲じゃ奇襲じゃ!行くぞ、金時!」
「うるっせーんだよ辰馬。奇襲の意味わかってんのか?あと金時じゃねーっつってんだろ」
坂本は私と銀時の肩をばしんばしんと叩きながら笑う。
「あはは、でもありがとね。坂本の笑い声聞いてると元気出てくるわ」
「マジで?腹立ってこねえ?」
「アッハッハ、金時は酷いのぅ」
そんな風に笑っていられる世界を作る為に、国を、魂を護るために私たちは戦地を駆ける。
雨が続いていたせいもあり、足場はあまり良くないがそれは天人にとっても同じ事。
けれど油断していたところを突いた私たちがほんの少しリードできている。
時折口内に広がる錆の味に顔を顰めながらも、目の前の敵をなぎ倒していく。
「はあ、はあ…」
振り返れば広がる、死体と血と肉片。
見ていて気持ちのいいものではないが、目を反らし続けるわけにもいかない。
高杉はこの景色を見て笑っていたけど。
「いかなきゃ」
呟くように息を吐いて、額を流れ落ちた汗を拭った。
少し離れた場所でまだ誰かが戦っている音が聞こえる。
これまた耳触りのよくない音ばかりだけど、もう少し、あと少しでこの戦争も終わるはず。
痛みを訴える体に、もう少し頑張ってと言い聞かせて音のする方へと向かう。
天人が4人と志士1人だろうか。もう少し近付かないと誰なのかまでは判断ができない。
危険ならば加勢しようと刀を抜いてゆっくりとそこへ向かう。
けれど私がそこにたどり着くまでにカタがついたようで、どさどさと崩れ落ちた天人を確認し、持っていた刀をしまった。
それに少し遅れて、その人もどしゃりと崩れ落ちる。
「くそ…ばかやろー、生きて帰るんじゃなかったのかよ」
静まり返った戦場に響いた声は、私のよく知った声だった。
ああ、またひとり、大切な仲間がいなくなってしまったのだろう。
あの人はなんだかんだ言って優しいから、きっとまた夜な夜な一人でなくんだろう。
さっきまで天人を斬り倒していたとは思えない背中へと駆け寄ろうとした時、何か違和感を感じた。
周りに積み重なる死体の山の陰で、何かが動いた気がする。
こういう時の嫌な予感とは当たるもので、私は刀を抜く余裕もないままそこへと走る。
月が雲に覆われたわけではない。
フッと人為的に暗くなった視界に、銀時は跳ねかえるように振り返った。
「…ばーか、油断してんじゃないわよ」
「……、なに、やってんだ」
見開かれた銀時の目は、私の目を見ていない。
それはともかく、今は私の後ろにいる天人をなんとかしなくては。
簪を髪から引き抜き、ぐっと体を捻って背後の天人の目玉へ突き立てる。
高杉と坂本とヅラと銀時に、お前ほんとに女かよと言われた腹いせに買った私の唯一の簪。
一番殺傷力ありそう、と選んだ時点で何かが間違っていたのだろうけれど案外役に立った。
ギィイアアアア、と悲鳴を上げる天人の声を遮るように、私の下にいた銀時がその首を刎ね飛ばす。
どしゃりと吹っ飛んだ首が遠くにおちる。
それより先に、銀時はふらついた私を受け止めてそっと地面に横たわらせた。
残念なことに銀時の膝枕はあんまり寝心地がよくなかった。
「このバカ女!なにやってんだ!」
「そ…その台詞、そのまま返してやるわ…」
上擦った泣きそうな声の銀時と、呼吸がうまくできなくて声が掠れる私。
何かを押さえるように私のお腹に添えられた銀時の手に力がこもる。
いつまで触ってんのよ、と訴えてやりたいところだが声がうまく出ない。
それどころかもの凄い眠気が襲ってくる。
「おい、いくら銀さんの膝枕が気持ちいいとはいえ戦場で寝るんじゃねーよ」
いや全然気持ち良くない、固い、痛い。
「添い寝なら帰ってからいくらでもしてやるから、抱き枕にもなってやっから」
それも遠慮する、一度銀時の寝相のせいで潰されそうになったもの。
「そうだ、簪、今度は俺が買ってやるよ。ちゃんと可愛いやつな」
可愛いを強調すんじゃないわよ。でもあれ結構役に立ったのよ、護身用にもなりそうだし。
「はやく、帰ろうぜ」
ぎゅっと銀時が私の手を握る。
握り返してあげたいのに、力が入らない。
言いたい事は山ほどある。
泣かないで、もっと名前を呼んで、手を握って。
違う。
すき、だいすき、ねえ。
「ぎ、ん」
いっぱい笑って生きて、ね。
一度目のさよなら
(ああ、心配だ。この人を、優しくて強くて弱いこの人を遺していってしまうのが。)
2015/08/23