相変わらず万事屋に仕事は無い。

だが、今日に限ってはそれが幸いだった。

 

「よっ、おはよーさん」

「………お、おはようございます」

 

 

昨晩、神楽を問い詰めて聞きだしたという女の情報は

かぶき町のはずれにある簡易郵便を扱う煙草屋の娘で、最近まで病で入院をしていたということ。

 

そして、俺に対して警戒心がハンパねえってこと。

 

 

「どっ、どのようなご用件でしょうか」

「そんな脅えんな…って俺のせい、だよな」

受付カウンター越しに物理的な壁と見えない心の壁に隔たれながら彼女の顔色を窺う。

明らかに警戒というか、不信感というか、もう、まじで、俺の心がバッキバキに折れそうだ。

 

 

 

「あのさ、昨日は悪かった」

「えっ」

ずっと逸らされていた視線がやっとこっちを向いた。

その瞳はとてつもなく不安そうで、刀振りかざして戦場を走る事なんて到底出来そうもなかった。

 

「その…似てたんだ、俺の知ってる奴に。すっげー似てる…気がしたんだ」

「そうだったんですか…。その方、怪我、されているんですか?」

怪我?

ああ、昨日俺が腹がどうとか言ったのを覚えていたのか。

 

「怪我っつーか、なんつーか…。昔の戦争で、な」

そう言葉を濁して自分の腹周りを撫でる。

忘れもしない、あの光景。

 

「ご、ごめんなさい。私、聞かない方がいいことを」

「あーいやいや気にすんなって。俺こそ悪いな、退院したての奴にこんな話して」

「ご存じなんですか」

は伏せがちになっていた顔を上げた。

 

「神楽から聞いてな。大丈夫なのか、体調は」

昨日も怪我してたみたいだけど、と付け加える。

「はい、本当は入院するほど大したことではなかったのですが念のためにと…。ご心配ありがとうございます」

 

そう言って笑ったを、可愛いと思った。

 

 

「やっべーなあ」

「え?」

「ああいや、こっちの話」

くるっとに背を向けて、にやけそうになる口元を隠す。

あーちくしょう、こいつにとって俺は出会って2日の男なんだ、こんな即行で口説きにかかったらチャラ男だと思われる。

かといってじわじわ攻めるっつーのももどかしい。

 

 

「あ、いらっしゃいませ」

 

俺の背後からそんな声が聞こえて、そういや店の前だったなと思ってカウンターから離れようとした時だった。

 

 

「げっ」

「うわっ」

がっつり視線が合ってしまったその客と同時に顔を歪めた。

 

「何してんの、土方くん」

「煙草屋に来る用事なんざひとつしかねーだろ。テメーこそ何してんだっつーかなんで生きてんだ」

「勝手に殺すんじゃねーよ!!」

いや確かに昨日神楽に攻撃されて死にかけたけどね!

 

、いつもの頼む」

「はーい」

にこりと営業スマイルなのか本当の笑顔なのか、おそらく後者っぽい微笑みでは傍の棚を漁る。

いやちょっとそれより何いまのやりとり。

 

 

「ちょっちょっ、なに、お前、なんでそんな親しげなの?」

「そりゃ何回か買いに来てりゃ顔見知りにもなるだろ」

「そんなアレじゃなくない?名前で呼ぶとかなくない?」

「気持ち悪ィな!妙な顔して近寄るな!」

どんな顔だよ。

俺だってわかんねーよ。嫉妬なのか悲壮感なのか怒りなのかわけわかんねーよ。

 

 

「しかし、そういやそうだな。、っつった方がよかったか」

「え?ああ、いえ、良いですよいつも通りで」

お品物です、と袋に入れた煙草を土方くんへと手渡す。

もう値段も分かっているのか土方くんも先に受け皿へ丁度の料金を入れていた。

 

「いつもご贔屓ありがとうございます」

 

羨ましい。

その笑顔を向けられるのは俺だけだったはずなのに。

 

いや、違う、違うんだ。

いい加減切り離して考えねーと。

 

 

「で。お前は何やってんだ、営業妨害なら連行するぞ」

「違ぇよ!俺は、その、アレだ」

「アレって何だ。ナンパか」

「ちちちち違ェっつの!」

怖いんだけどこの瞳孔野郎。

 

 

「大丈夫か、?この天パ野郎ならいつでも逮捕してやるから気軽に言えよ」

「気軽に逮捕されるようなことしてねーからァァア!」

やめてくんない?の前でそういうこと言うのやめてくんない?

 

 

「大丈夫ですよ、きっと、いい人ですから」

 

 

そう紡がれた言葉に、俺と土方くんは同じタイミングで彼女に目をやった。

 

「なんとなくそんな気がするんです。悪い人じゃないんだろうなーって」

 

俺を見る目に警戒心はもう無い。

そのことに喜びつつも、少しだけ、物足りなさを感じた。

警戒されたいっていうわけではなくて何かが足りない。それは、きっと。

 

 

「…そうか。まあ、何かあればいつでも言えよ」

「はい」

「えっちょっとそこハイって言っちゃうの!?」

ごめんなさい、と言いながらもくすくす笑うは可愛くて可愛くて、俺の心にもう一度希望を宿す。

 

 

「ったく、テメーも油売ってんじゃねーよ。仕事探せフーテン」

「誰がフーテンだ!人を無職みたいに言うんじゃねーよ!今日は休みなだけだ!」

 

俺を引きずるようにして店から離れようとする土方くんに文句を言いつつ、はっとして店を振り返る。

受付カウンターから少し身を乗り出して手を振る彼女に、俺は思い切り叫んだ。

 

 

 

「銀時!坂田銀時だ、俺の名前忘れんじゃねーぞ!」

 

 

 

 

声こそ聞こえなかったものの、はい、と動いた口元と笑顔を頭に焼き付けた。

 

 

 

 

 

君とまたここから









(俺をナメんなよ、もう一度、おとしてみせっから。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2015/09/20