に会いに行った日から翌々日。
また仕事のない日がやってきたため、俺は万事屋に鍵をかけて外へ出た。
もちろん向かう先は決まっている。
「あ、こんにちは坂田さん。神楽ちゃん」
「やほー!遊びに来たアル、!」
こっそり会いに行こうとしていたというのに、途中でばったり定春と散歩中の神楽に出会ってしまった。
いつもなら俺について来ないくせに、今日に限ってこれだ。
しかもさっき坂田さん、って呼ばれた気がしてダブルショックだ。
いやまあ仕方ないか。そりゃ、会って間もない男を名前で呼んだりしねーわな。
「へえ、ホントに銀ちゃんと友達になったアルか。嘘だと思ってたネ」
「お前どういう目で俺のこと見てんの?」
俺に噛みつこうとしてくる定春を押しのけながら神楽に抗議する。
こういう目、とすごく疑った目を向けられた。ちくしょう。
「せっかく来てもらったのにごめんね、今からちょっと出かけなくちゃいけないの」
神楽の頭を撫でながら言うを見ているとなんだか姉妹のようだった。
「どこ行くアルか?」
「大江戸郵便局までだよ」
言いながら、よいしょ、と鞄を肩にかける。
そんなに手紙を出すのか、という視線に気づいたは少し慌てたように言う。
「私が出すわけじゃないんですよ!ほら、うち、簡易だけど郵便も取り扱ってるから」
慌てているせいか少し敬語が崩れている。
もっと崩れればいいのに。
によると、普段は切手やはがきの販売だけだが、近所の郵便物を預かって中央郵便局へ届けることもあるそうだ。
それが丁度今日だったらしい。
「じゃあ俺も付き合うぜ、どうせ今日は仕事もねーし。ほら、その荷物貸しな」
「え、でも」
「俺が誰だか忘れたのか?万事屋さんだぜ、頼みごと大歓迎のよろずやさん」
ニッと笑ってやると、は少し視線を泳がせて最終的に神楽に視線を合わせた。
「銀ちゃんの口から頼みごと大歓迎なんて聞ける日は滅多に無いネ、遠慮なく頼めばいいアル」
「そうなの?…じゃあ、お願いします」
おずおずと肩にかけた鞄をおろして俺に渡す。
中身は軽い。
「銀ちゃん」
くいくいと神楽が俺の着物を引っ張る。
「なんだよ」
手招きをするものだから、少し屈んで耳を寄せる。
「特別に今日は花を持たせてやるネ。でも、に手出したら…明日の太陽は拝めないと思えヨ」
「…りょ、りょーかい」
脅されているのか応援されているのかわかりゃしねえ。
「、私は定春とこのまま行くとこがあるから一緒に行けないアル」
「そうなの?それじゃ仕方ないね。また今度遊ぼうね」
うん、と大きく頷いて神楽はぴょんと定春に跨る。
「またネ!ほら行くヨ定春ー!」
わおん、と一吠えして定春は神楽を乗せて走っていった。
白いもふもふの塊が遠ざかって行くのを確認し、一息ついて少し浮つく心臓を抑えた。
車道側を俺、内側をが歩く。
まだかぶき町の表通りではないせいか、人もまばらだ。
「なあ、ずっとかぶき町に住んでるのか?」
「はい、そうですよ」
の歩くペースに合わせて、少しゆっくり足を進める。
本当はもっとゆっくりでもいいのだけれど、彼女が歩きやすい速さが一番だろう。
「全然知らなかったな…」
「坂田さん、煙草吸わないでしょう?そりゃあ知りませんよ」
坂田さんからは甘い香りがしますから、と言って笑う。
最近はまたちょっと糖分控えてたつもりだったが、染みついた香りは取れなかったらしい。
「まーな。俺はケーキとかパフェとか甘いモンの方が好きだし」
「そうなんですね。男の人ってそういうの苦手だと思ってました」
確かにヅラとかは、そんな甘ったるいもの!って邪険にするが最近じゃスイーツ男子とかいう括りもあるくらいだ。
珍しくはない、はず。
「そういやさ、その坂田さんっての」
良いだろうか、こんなことを言ってしまって。
「銀さんとか銀ちゃんとか…その、名前呼びに変えられねえ?」
「えっ」
隣に並んでいたが俺の顔を見上げる。
「あんま呼ばれ慣れてねーんだよ、神楽も銀ちゃんって呼んでただろ?店もそうだし」
「そういえば…そうですね」
でかでかと書かれた万事屋銀ちゃんの看板が目に入らないような奴じゃあるまい。
思い出すようにはこくこくと頷く。
「でも私、あんまり男の人を名前で呼ぶことがないので…その、ちょっと」
困っている様子のをじっと見ていると、ぱちっと目が合った瞬間恥ずかしそうに逸らされた。
やっべえ、なにこれ新鮮。
「わ、笑わないでください!見ないでくださいー!」
「いや見るだろ、可愛すぎんだもん。そりゃ見たくなるって」
「いじわる!」
つん、とそっぽを向きつつも歩く場所は変わらない。
俺の数センチ隣を歩く速さがほんの少し上がったくらいだ。
「そーそー。その意気で銀ちゃんって呼んでくれよ。ついでに敬語も無くていいからな」
「うう、気長に待ってくださいね」
「おう」
もう一生無いと思っていた奇跡であり、新しい始まりなんだ。
待つことくらいどうってこたァねえ。
寧ろ、その約束された待機の先に安心する。
「やべーなァ、俺」
あいつと似ているのは外見だけなのに。
重ねるどころか、次へ進もうとしている。この、俺が。
許されるはず、ないのに。
「あ、坂田さん。そろそろ着きますから、荷物貰いますよ」
「え?あ、ああ」
いつの間に表まで来ていたのだろうか、もう大江戸郵便局はすぐそこだ。
「ここまでありがとうございました」
「…あのさ」
鞄を手渡し、それを受け取った彼女が顔を上げる。
「帰りも送っていっていいか?」
我ながら謎の問いかけをしたものだ。
送ってくれる?という問いはあれど、こんな言い方をしたのは初めてじゃないだろうか。
それはも同じだったようで、言葉の意味を理解するのに少し時間をかけ、視線を泳がせる。
「えっと…いじわる、しないなら」
控え目且つ可愛らしいイエスの返答だった。
郵便局の外でを待ちながら、仕事が無くてよかったなんて思った。
もっと知りたい、という女がどういう奴なのか、もっと、知りたい。
今のお前が、知りたい。
快調再出発
(いつか君と手をつないで歩けますように。)
2015/10/04