キーンコーン、と4時間目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
丁度切りよく終わった数学の授業。
日直による、起立、礼、の声と共に立ち上がって先生へとお辞儀をする。
着席、の声を聞き終わる前に私は教室を飛び出した。
目指す先は隣の隣の教室、3年Z組。
「せーんせい!今日こそ一緒にお昼いかがですか!?」
「……パス」
ガラッと教室の扉を開けて出てきた、銀八先生は相変わらずダルそうな目というかめんどくさそうな目をしていた。
いやいやいや、めんどくさいとかそんなことはないはず!気のせい気のせい!
そのまますたすたと職員室の方へ向かって行く先生の後を追う。
「今日は月曜日ですからお弁当、気合い入れたんですよ!ハンバーグ自信作です!」
「あっそ。そりゃ頑張ったなーでも先生は先生だから生徒からそういうの受け取れねーの」
一息でそう言って、私を見ることなくすたすた足を進める。
負けじとその速さについていく。
「…気持ちだけ、貰っとくわ」
そう言った銀八先生と一瞬だけ目が合った。
「はぁぁー、かっこいい…!」
「どこが?」
声が2人分ハモった。
もちろん、どこが?の方である。
「あのちょっと気だるげな目も、低い声も、なんだかんだで優しいとこも全部!」
「重症アルな」
「日に日に酷くなっていくわね」
私と神楽ちゃん、お妙ちゃんはクラスは違えど一緒にお弁当を食べる仲良しメンバーだ。
今日は天気がいいので屋上ランチをすることにした。
「でも銀ちゃんのおかげで私はのお弁当貰えてるアル。もう最初から私に作ってこればいいネ」
「うぅ…明日こそは!明日こそは先生と食べるんだもん!」
ぎゅっと箸を握りしめる。
あ、ハンバーグは良い感じだけど卵焼きはちょっと味薄かったなあ。
「でも、最近になってよね。アタック始めたの」
いちごジャムパンとクリームパンのどちらにしようか悩みながらお妙ちゃんが呟いた。
「もう10月ヨ。もうすぐ卒業ネ」
「だからだよ!」
ばんっと膝を叩いて二人に向かって身を乗り出す。
「片想いする事1年生の11月から早2年…ずっと見てるだけで十分だったけどさ」
そう、前はそれで十分だった。
でも人間の欲とは止めることができないものなのだ。
「やっぱり、やらずに後悔するよりやって後悔すべきかなって思ったの」
「なんか微妙にフられる前提アルな」
「う…それを言われると辛いなあ」
そう。心のどこかで、この恋は幸せな結末を迎えられないのではないかと思っている。
私は生徒で先生は先生で。
ただでさえ障害は大きい。ドラマみたいにはいかないだろう。
「私にもね、よくわからないんだ」
いっそ忘れる方へ努力した方が今後の為かもしれない。
ただの憧れだったと忘れてしまえたら、その方が幸せなのかもしれない。
けれど。
「昨日今日の話じゃなくて…ずっと、ずっと前から後悔している気がするの」
何に後悔しているのかはわからないし、自分でも何を言っているのかわからない。
「まあ2年も片思いしていれば昨日今日の話じゃないわね」
「いやそういうことじゃなくて」
説明しようかと思ったけれど、自分でもよくわからないことを説明するなんて不可能だと思い至る。
「とにかく!フられる前提でも、今しかないんだから。もっと先生のこと見ておきたい、話しておきたいの」
卒業したら、同じ町に住んでいるとはいえ会える確率は3%以下くらいだろう。
なんといってもこの町は広い。
「健気ねぇ…」
「銀ちゃんのためにそこまでできるのすごいアル」
食べ終えたお昼ご飯の片づけをしながら二人はため息交じりにそう言った。
ひゅう、と冬の始まりの風が吹く。
「寒くなってきたわね。そろそろ秋も終わりだわ」
「えっそう?丁度良いくらいだけど」
「燃えたぎってるアルな」
卒業までもう少し。
最後に良い思い出を作っておきたい。
叶わなかったZ組での生活の代わりに、追いかけることくらいは許してほしい。
「…二人は、応援してくれる?」
「もちろんよ。援護射撃なら任せてちょうだい」
「戦闘不能にしてやるネ」
「あれ?なんか不安しか感じないや」
そう言って私たちは顔を見合わせて笑った。
ああ、やっぱりいいなあ。
私も、Z組になりたかった。
あのクラスの人たちとは、なぜか、3年間別クラスだったのにすぐに仲良くなれたのだ。
まるでずっと前にも会ったことがあるかのような、馴染み具合だった。
先生も含めて、前に会った事なんて、ないのに。
「ふあー、お昼食べたら眠くなってきたアル」
「もう少しで5時間目ね。次は理科だったかしら…ちゃんの方は?」
「なんだっけ?あっでも隣のクラスが国語だから、運が良ければ先生の声聞こえるかも!」
「なんかもう凄いわね。色んな意味で」
諦めません、まだ今は
(なんだか随分長い間追いかけっこをしている気がするの。)
2015/11/22