空が夕焼け色に変わる。

もう少ししたら夜色に変わっていくのだろう。

 

「あー、特に連絡事項もなし。今日のホームルーム終了、おつかれさん」

「先生、毎日ホームルームの連絡事項無いんですけど、そろそろ文化祭ですよね」

「いい加減出し物決めねーとまずいんじゃねえか?」

うちのクラスの真面目組、志村弟と土方が声を上げる。

 

「あんなカップルを作るための行事俺は知らねーな」

「完全に自分勝手なやつじゃないですか!!」

うるせーな。

Z組のメンツで文化祭なんて、面倒事が起こる可能性の方が高いじゃねーか。

 

「やりたきゃ勝手に出し物決めていいぞ。好きにしろ」

「適当だなオイ!!」

志村弟、新八のツッコミを聞き流して教室を出る。

「ほんとに決めないの!?ちょ、先生!」

そんな声は扉を閉める音でかき消してやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて職員室へ戻って、気が向いたら中間テストでも作ろうか。

なんて思ったが、気が向く可能性はゼロに近くなった。

 

 

「今日もお疲れ様です、先生!」

「………うん」

教室を出たところで待ち構えていたのは、別クラスのという女子生徒だった。

最近になって妙に俺に絡んでくるせいで名前を覚えてしまった。

 

 

「Z組、文化祭の出し物決まってなかったんですね」

しっかり帰りの準備まで済ませたのであろう、教科書が詰まった鞄を後ろ手に持つ。

 

「立ち聞きとはお行儀が悪いですねー」

「ち、違います!聞こえたんです!」

いつも職員室へ向かう方向とは逆へと歩き出す。

こっちのルートなら、昇降口周りで職員室へとたどり着く。

 

 

「いいなあ、Z組って文化祭とか体育祭とか楽しそう」

「お前だって自分のクラスで楽しんでただろ」

「えっ。先生見てたんですか、私のこと!」

ぱあっと顔を綻ばせたを横目で見て、内心舌打ちをする。マズった。

 

「今年の体育祭、な。リレーでうちの九兵衛と張り合ってたのは見た」

「負けちゃいましたけどね。九ちゃん早いんですもん」

「Z組が1位で、お前んとこが2位。そんだけは見たからな」

「うう、先生が見てくれてたって知ってたらもっと頑張れた気がするのに…悔しいー!」

いや無理だろ。

うちの女子はケツにエンジンでも付いてんのかっていう化け物揃いだからな。

こいつみたいな普通の奴が勝てるような奴らじゃあない。

 

もうすぐ、昇降口だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開けっ放しの昇降口から生徒がぞろぞろ帰っていく。

帰りどこか行く?なんて女子共の声に混ざり、男子の鞄置いて公園集合な、という声が聞こえた。

お前ら宿題はどうした。

 

「ほら、お前もさっさと帰れ」

「えー。まだ時間なら大丈夫ですから!」

「俺が大丈夫じゃねーの」

両手で鞄を持って不貞腐れるはちらっと下駄箱を見ては俺を見上げる。

 

「先生も暇じゃねーんだから。夜道は危ないぞ、明るいうちに帰れ」

「暗くなったら送ってくれるんですか?」

「バカヤロー。甘えるんじゃありません、つーか俺はお前の家知らないっつの」

「教えますから」

何言ってんだ、そんなホイホイ他人に家を教えるもんじゃねえよ。しかも、男に。

 

 

「俺が帰るのはもっと遅いから諦めなさい」

そう言うと、むうう、と眉間にしわを寄せて口を尖らせた。

 

「あっ」

俯きつつあった顔をぱっと上げて、にこりと笑顔になる。うっわ、すげえ嫌な予感。

 

「ふでばこ、教室に忘れちゃいました。もう一周付き合って下さい」

「ふでばこくらい置いてっちまえ。どうせまた明日来るんだから」

「だめです!あのシャーペンじゃないと、どうもやる気が出ないんです」

「なら宿題は明日早く来てやれ」

「嫌です、早く来ても先生いないですし」

お前の基準はとことん俺なんだな、と出かかったところで寸止めした。

代わりに出たのは溜息と。

 

「…一周したら帰れよ」

 

その一言だった。

ありがとうございます、と言って笑ったの笑顔は、本当に嬉しそうでそっと目を逸らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生、今から何するんですか?」

何でまた教室へ逆戻りしなくちゃならねーんだと心の中で悪態をついているとそんな問いかけがきた。

 

「中間テスト作るんだよ。そろそろやらねーとどやされるからな」

まあ、気が向いたらだけど。

「えっ、先生ってちゃんと先生してたんですね」

「どういう意味だコラ」

いやほら自習多いですし、なんて言葉を濁して笑う。

 

 

「そっか、中間テストか…。忘れてました、文化祭で頭一杯でした」

「いい機会なんじゃねーの。文化祭で一緒に模擬店やって恋が芽生えるなんてよくある話だろ」

「何言ってるんですか、私の恋はもう……」

声が尻すぼみになっていく。

もう、なんだよ。

 

「…しばらくは、苗床作りです」

「なんじゃそら」

「私、そんな軽い女じゃないんです、すぐには、無理です」

俯いたの足が少しずつ遅くなる。

 

 

「ふでばこ、取ってきますね」

その言葉にもう目的の教室まで着いていたことを俺はようやく知るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教室に入れてもらえなかった俺は廊下で立ち往生していた。

まあどうせふでばこなんて口実だろうから、その鞄に入っているんだろう。

ばかめ、バレてないと思ったら大間違いだ。

 

それにしても、だ。

3年間一度も担任になっていないは、どうしてここまで俺に執着するんだ。

 

 

思い当たらないことが無いとは言い切れない。

2年前の雨の日。

でけぇ水たまりの前で呆然と信号待ちをしていたあいつの手を引いて、車の水しぶきから庇ったことがある。

偶然見かけて、偶然もの凄い勢いで走ってくる車に気付いて、偶然そこに居合わせた。

ただの、偶然。

そして俺がうっかりその時、の手を掴んでしまったこと。

傘からの頬に零れ落ちた雨粒を拭ってやってしまったこと。

 

思い当たることと言えばそれだ。

けれどあれは2年も前のことで、俺もあいつもお互いの名前を知らなかった時だ。

同じ学校の先生、生徒、程度の認識だったはずだ。

 

それが今になってこのストーカー振りは一体なんなんだ。

 

あれは全部、偶然なんだ。

どこかで見たような光景だったとか、そんなのは気のせいで、ただの、偶然なんだ。

 

 

 

 

 

「先生?」

「っと、ああ、なんだ?」

ぼんやりしていたせいで教室の扉が開く音に気付かなかった。

俺の顔を覗き込んでいたから一歩下がると同時に、真後ろにあった窓ガラスに頭をぶつけた。

 

「いっで!」

「え、大丈夫ですか、ゴッツンて音しましたけど!?」

大丈夫と返しつつも頭はすげえ痛ェ。ぐらぐらする。

 

「んなことより、あったのか?ふでばこ」

「えっ?あ、はいもちろん!回収してきました」

ばしんと鞄をたたいて存在をアピールしてくる。

 

 

「なら帰るぞ」

「一緒にですか!?」

「間違えたわ、寄り道しないでさっさと一人で帰りなさい」

「ですよねー」

 

 

 

 

 

 

 

諦めてくれ、たのむから









(調子が狂う。っつーかまじ頭痛ェェェ!窓ガラスのバカやろー!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2015/11/29