もうすぐ11月がやってくる。文化祭まであと少し。

 

うちのクラスは模擬店をやることになっている。

それもまた、不思議の国のアレなお茶会風にしようということで教室の飾り付けをすすめる毎日だった。

日に日にメルヘンチックになっていく教室は、既に周りの教室からも噂になっていた。

 

 

そして今日も準備は遅くまで続き、夜の7時を過ぎていた。

 

「あれ、珍しい人がいる」

そろそろ帰ろうと昇降口へ向かうと、そこにはぼーっと空を見上げる晋助がいた。

 

「あ?なんだ、か」

「なにやってんの、サボり常習犯がこんな時間まで」

靴を履き替えながらそう問いかけると、短く、寝てたと一言だけ返ってきた。

 

 

「でも学校来てるの珍しいね。文化祭近いから?お祭り好きだから?」

「うるせーな。ニヤニヤしてんじゃねえよ」

ニヤニヤしながら晋助に近付くと、ぐいっと頬を引っ張られた。痛い。

 

「まあ、物運ぶくらいは手伝ってやったけど」

「うっそまじで?晋助が?手伝ったの?まじで?」

「2回もまじでって言うんじゃねえよ。また引っ張るぞ」

ぎろりと睨まれるが、なんだかんだで晋助は優しいからもう怖いなんて思わなくなった。

初対面の時は怖すぎて固まったけど。

 

「ねえねえ、3Zは何やるの?」

「知らねえ」

「…は?手伝ってたんでしょ?」

「最初っからいたわけじゃねえよ。ほんの少し手を貸してやっただけだ」

「なあんだー」

銀八先生にも聞いてみたけれど、なぜか教えてくれないのだ。

もしかして、先生も知らない…なんてことないよね。

 

 

「お前んとこは何やるんだよ」

「うちは模擬店!お茶とお菓子とメルヘン世界を用意して待ってるから晋助も来てね!」

不思議の国の晋助君になれるから、と言いかけてやめた。

想像したら不釣り合いすぎて爆笑物だったからだ。

 

「気が向いたらな」

「うん、ぜひとも。カメラ用意しておかなきゃ」

「気合い入り過ぎだろ…」

そう言う晋助もまんざらではないはずなんだけどな。

 

「まあまあ、銀魂高校最後の文化祭なんだし。…最後、だよね?留年しないよね?」

「しねーようにこうやって学校来てんだろうが」

「あ、出席日数」

チッ、と舌打ちされたがそういうことなんだろう。ギリギリなんだね、晋助。

 

 

 

「そうだよね。最後なんだし、先生とツーショット撮りたいなあ」

「…お前、まだあのクソ天パのこと追っかけてんのか」

「日に日に愛情は膨らむばかりよ!」

えへへ、と笑うとあからさまに呆れた表情をされた。

 

「あんなちゃらんぽらんのどこがいいんだか」

「いいところなんて山のようにあるもん!ひとつずつ挙げていってあげようか」

「やめろ、明後日になる」

「よくわかってるじゃない」

げんなりする晋助を見て、ふふんと笑ってやる。

 

 

 

 

「つか、そろそろ帰るぞ」

「あ、そうだね」

思えばもう時間も遅いんだった。

 

昇降口を出たところで、地面が濡れていることに気付く。

どうやらいつの間にか雨が降り出していたらしく、地面は色濃く染まっていた。

 

「チッ、が惚気てる間に本降りになってきたじゃねえか」

「え、私のせいなの?」

そういえば私がここに来た時、晋助は空を見上げていた。

なるほど、降りそうだなーとか思っていたのだろう。

 

 

「じゃあ引き止めちゃったお詫びに、私の傘に入れていってあげよう!」

「…はあ?」

鞄から折りたたみ傘を取り出し、ぱっと広げる。

折りたたみなだけあってそんなに大きくは無いが、何もなしで濡れて帰るよりはマシだろう。

 

「別に走るからいい」

「えー。そう言って風邪引くんでしょ、文化祭出られなくなるよー?」

そう言うと晋助はぐっと声を詰まらせて視線を逸らした。

やっぱり文化祭楽しみなんじゃないか。

 

 

「…お前はそれでいいのかよ」

「うん?なにが?」

「チッ、このバカ

「なんか突然貶された」

広げた傘を晋助に奪われ、何事かと思うとほら行くぞと声をかけられた。

ああ、傘持ってくれるのか、とワンテンポ遅れて理解してその隣に並ぶ。

 

 

「ちゃんと濡れないようにさしてね。あ、濡れないようにって晋助のことだから」

「…うっせーよ。当然だ」

なんだかんだ言って優しい晋助は、私の方へ傘を傾けた。

 

 

学校を出る前に、一度だけ振り返って校舎を見上げた。

まだ電気がついている職員室には、誰が残っているのだろうか。

 

 

いつか、銀八先生ともこんな風に歩けたらいいな。

 

なんて思っていると、晋助に歩くのが遅いと文句を言われた。

ごめん、と謝りながら車道側を歩く晋助の隣を歩く。

 

 

「明日は晴れるかな」

「さあな」

 

それからはそんな他愛も無い話をしながら家へと帰った。

結局私を家まで送ってくれた晋助にそのまま傘を貸して、今日が終わっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜通し降り続けた雨は、道に水たまりを残して去って行った。

晴れた空の下、学校への道を歩く。

 

いつもと同じ道、いつもと同じタイミングで赤信号に引っ掛かる。

 

「あ」

と、声が出た。

 

そういえば、ここだ。

2年前、ここで私は銀八先生に助けてもらったのだ。

 

元々水たまりの出来やすい道だけれど、そこに偶然車が通りかかって、偶然先生が通りかかった。

そしてそこにいたのが、偶然私だっただけ。

きっと他の誰かであっても先生は同じことをしたのだろう。

 

 

 

「んなとこに立ってると、また水ぶっかけられるぞ」

 

ぼーっと赤信号を見つめていると、斜め後ろあたりからそう声が飛んできた。

びくっと肩を揺らして振り向いた先には、眠そうな目で原付に跨る銀八先生がいた。

 

「あ、わ、すみません」

「いやなんか俺の方こそ悪ィ、そんなにびっくりするとは」

眠そうだった目が少しだけ開く。

 

 

「いえ、ちょっと考え事してて…」

「ふーん」

ふあ、とあくびをひとつして先生はどうでもよさそうに相槌を打った。

 

「つか今日は大人しいのな。昨日の雨で風邪でも引いたのか?」

「いいえ、今日もばりばり元気ですよ!その、不意打ちだったのでうまく反応できなかっただけです」

そういえばそうだ。

朝から銀八先生に、しかもこの始まりの場所で会えるなんてとんだラッキーデーだ。

 

「それに昨日もちゃんと傘さして帰りましたし」

「でも半分…っと信号変わった」

先生はぎゅっと原付のハンドルを握り直す。

 

 

「つか時間やべえぞオイ、も遅刻すんなよ!」

エンジン音と混ざりあいながら先生の声が遠ざかっていく。

私も横断歩道を渡り、携帯の時計を見て少し足を速めた。

 

 

 

 

 

「…半分、ってなんですか、先生」

言いかけた言葉が気になりながら、学校へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

はんぶんこ









(本当は気付いている、けど、それを認めるのは少し怖い。自惚れてしまうのが、怖いの。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2015/12/06