ついにやってきた文化当日。

前日からテンション上がりまくりでいつもより早めに登校してしまった。

当然まだ生徒は少ないだろうと思っていたけれど、どうやらみんな私と同じようで

いつも見かけない遅刻ギリギリ組がそろっていた。

 

そうだよね、今日は、私たちが銀魂高校で行う最後の文化祭なのだから。

 

 

 

 

不思議の国のアレなお茶会風喫茶店はなかなかの繁盛っぷりだった。

教室の飾り付けにつられて来る生徒、休憩したい生徒や先生、いろんな人が舞い込んでくる。

 

私もお茶汲み係として忙しくしていた。

ちなみに服装はいつもの制服である。そこまで手が回らなかったんだい。

 

 

「よぅ、賑ってやすねィ」

「いらっしゃいませーって、総悟じゃん。来てくれると思わなかったよ」

ケータイ片手にやってきたのは、Z組の沖田総悟だった。

 

「ドジってすっ転んでるが見れるかと思って来たんですけど、案外ちゃんとやってやすね」

「失礼だな!ちゃんと気をつけてますー!」

「ほらお客様ですぜ、丁重にもてなしな」

「みんなァァ女王様より女王様な奴が来たぞォォォ!」

ふんぞりかえる総悟に十戒のような道が出来上がる。

文化祭のノリなのか、クラスの子も「ご注文をどうぞ主様!」とかやっている。

 

 

「さて、窓際のいい席もゲットしやしたし…そろそろでさァ」

「え?なにが?」

総悟にお茶を出しながら尋ねると、忘れたんですかい、とため息交じりに言われた。

それと同時に校内放送の音が鳴る。

 

「えー、ただいまより銀魂高校文化祭!クラス対抗借り物競走を始めまァァす!」

この声は近藤くんだ。

風紀委員主催でイベント…あっ。

 

「思い出しやしたかィ?」

総悟の言葉に頷く。

 

 

各クラスからひとり代表を決め、校内にあるものを持って来ると言う借り物競走。

窓の外、運動場に並べられた机にはクラス数分の紙が置かれている。

それに書かれているものをクラスの代表者が探して持って来る、といういたって普通に借り物競走だ。

うちのクラスの代表は、学級委員の男の子。

 

 

「当日まで決まってなかった優勝賞品を今ここで発表しまーす!」

ええと、という声に続いて横にいるのであろう土方くんのサポート声が少し聞こえた。

 

「えー、優勝クラスは町の洋菓子店からケーキが贈呈されます!」

ざわっ、とクラスの空気が動いた。

 

「続いて2位から順にプリン、ゼリー、っと…7位までは豪華デザートが贈られるから、頑張れよォォォ!」

マジでかァァァ!という声が隣の教室や運動場から聞こえてくる。

 

「ほら、覗いてみなせェ」

「うぐえっ」

首根っこを引っ張られて無理やり覗かされた運動場に並ぶ、銀色の髪。

 

「えっ?ええええええ!?なんで、なんで銀八先生が出てんの!?」

「あのやろー、俺らに文化祭の準備全部押しつけやがったんで一番キッツイの担当にしてやったんでさァ」

ということは先生が借り物を探して校内を走ると言うことになる。

 

「どうしよう、こういうのって定番だよね!ほら、好きな人を連れてくる、とか!」

「安心しなせぇ、借り物札作ったのは俺なんでそういうのは入れてやせん」

「総悟ォォォ!!!」

いれといてよ!あっでも違う子を連れて走っていく先生を見るのはちょっと辛い、よね。

じゃあよかったのかな。

 

 

「よおおし、はーじめーるぞー!よーい!」

放送から響く、ぱあんっというスタートを告げるピストルの音が響く。

 

走り出した生徒や先生たちが各々紙を掴みとる。

「ちなみに、実況は坂本先生と服部先生がやってくれるからお前ら安心しろよ!」

そんな近藤くんの声に続いて、坂本先生の笑い声が聞こえてきた。

 

「アッハッハ、2年A組は校長の触角、1年C組は人体模型の心臓…なかなかえげつない借り物じゃのー」

「いやおかしくね?」

 

 

 

「おかしくね!?!?」

「なんででさァ。ちょっとくらいハードル高くねーと盛り上がらないだろ」

服部先生のおかしくね?と私の声がハモったではないか。

「このドS…」

「ちなみに人体模型は昨日の内に理科室から移動させて隠しやした」

「鬼だなお前!」

しかも心臓ピンポイントで持って来るのか。取り外せるらしいけど、怖すぎだろう。

 

「一応運べるものにしてやったんでさァ、有り難く思え」

「魔王様がいるよ…」

うちのクラスは大丈夫だろうか。

 

それから読み上げられるものは、一輪車のタイヤだの、柄が緑色のトイレすっぽんだの、地味に面倒なものが続いた。

「総悟、よく考えられたね…」

「そうですかィ」

けろっとお茶を飲みながら答える総悟。

これも一種の才能だろうか。

 

 

「で、は誰を応援するんでィ?」

「そりゃあもちろん…」

もちろん、あれ、どうしよう。

 

「ど、同着1位とかないかな?うちのクラスと先生と」

「そんな甘えは許されやせんぜ」

「だよね」

どうしよう。

先生を応援したい気持ちもあるけど、ケーキも逃したくない。

 

わたしも、Z組だったらよかったのに。

 

 

外を見ると、坂本先生がクラス代表者たちの手元を覗き込んでは借り物を発表している。

あれはうちのクラスの代表だ。

「おー!おんしのお題は、5年前の卒業生に寄贈されたツボじゃきー」

 

 

「なんだそれ」

窓の外を見ながらつい言葉がこぼれた。しかも妙に限定的だ。

「ちゃんとありやすぜ。ツボに年度と卒業生寄贈、って彫ってあるんで発見できりゃ分かりまさァ」

「発見するまでが大変だなあもう…」

大丈夫だろうか。すごく頭抱えてるけど。

 

 

「次は銀八か。おんしは…」

坂本先生の声に思わず窓から身を乗り出す。

 

「Z組担任の乗ってる原付の鍵ー!…ってこれ、おんし持っとらんのか?」

「………」

その問いに答えないまま、くるりと先生が突然こっちを振り返った。

視線の先は私、ではなく、私の隣に立つ総悟に向いている。

 

先生は坂本先生が使っていたマイクをぶん取り、叫ぶように言う。

「おーきーたーくーん!昨日から見あたらねーと思ったらてめーかァァ!!どこのクラスの味方なんだコノヤロー!」

「俺は商品に興味は無ぇんで。それより、アンタが困ってる顔見る方がずっと楽しいんでね」

鬼かよ、と思ったけど口にはしないでおいた。

こっちに火の粉が飛んでくるのは避けたい。

 

「てめっ、そこで待ってろ!!」

「俺はここにいやすけど。鍵も同じ場所にいるとは限りやせんぜ、なっ

「は?」

突然話をふられて反応が遅れる。

 

「じゃ、頼んだ」

その言葉と同時に何かを握らされる。

少し重くて冷たいそれは、まさに今読み上げられた、借り物のブツ。

 

いちご牛乳のストラップがひっついた、原付の鍵。

 

「ちょっと待ってぇぇぇ!!えっ私これをどうしたらいいの!?」

「持って逃げるに決まってんだろ」

「なぜ、私が!?」

「早く行かねーと、お前のクラス負けちまいやすぜ。せめてここの代表君がゴールするまでは逃げた方がいいんじゃねーの」

「……」

そっとクラスのみんなを見ると、視線が私に注目していた。

 

、全力で銀八先生は足止めするから!」

「俺らの優勝の為にも逃げろ!」

後には引けないとは、こういうことを言うのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

仕方なくというかなんというか。

教室を飛び出したはいいものの、どこへ逃げたらいいのか分からない。

 

とりあえず廊下を走っているといろんなクラスの代表生徒が頭を抱えて走っているのを見かけた。

その付近には服部先生の分身がついており、随時放送で実況が行われている。

 

「2年B組は借り物、優勝旗を発見したがその重みに苦戦中だぞー」

服部先生のやる気があるんだかないんだかわからない声がスピーカーから流れてくる。

「お、例の寄贈ツボも発見はしたがこっちも重みに打ちひしがれてるなぁ」

これはうちのクラスだ。

よかった、もう少し逃げればどうにかなる…だろう。きっと。

 

 

「それにしても先生…今どこにいるんだろう」

追いかけることはあっても追いかけられることなんてなかったから、不思議な感じだ。

先生の行動パターンがわからない。

 

そろそろ走り回るのも疲れてきた。

屋上とか廊下突き当たりの教室のように逃げ場がないところは危ない。

そうなると扉が2つ以上あって、隠れる場所もしくは逃げ回る広さがある場所…。

 

 

 

 

「…誰もいませんよねー?」

静かにそっと美術室の扉を開ける。

扉は2つ、大振りの机やイーゼル、謎の彫刻像など障害物もそれなりにある。

美術室は1階にあるので、最悪窓から逃げることもできなくはない。

 

「よし、ここなら…」

ほっと一息ついた瞬間だった。

後ろからバンッという扉の様なものが開く音に驚いて振り返ると、そこには白いものがゆらめいていた。

 

「ひ、や、オバケェェェェェエ!!!」

「ごふっ!!」

 

 

 

 

反射的に突きだした右手は、見事に何かにヒットした。

ただその時に聞こえた悲鳴が随分と馴染みある声で、私は背筋に嫌なものを感じた。

 

「いってぇ…おま、なんなの?大好きな銀八先生をオバケと間違えた上にグーパンってどういうことなの?」

「おわああああごめんなさいィィィ!!!!!」

やっちまった!思い切り殴っちゃった!

胸元辺りを殴ってしまったようで、そこを擦る銀八先生に何度も頭を下げる。

 

「まさか掃除ロッカーから出てくると思わなくて!しかも白かったから!オバケかと思って!!」

「オバケなんているわけないだろいねーよ絶対いねーよ」

そう一息で言い切り、先生は改めて私を見下ろす。

 

 

「ほら、許してやるから持ってるものを渡しなさい」

 

すっと出された手。

そういえばそうだった。先生の原付の鍵はまだ私の手の中にある。

そしてまだ、うちのクラスがゴールしたという放送は聞いていない。

 

「…ま、まだ駄目です」

「いたたたたちゃんに殴られたところがすげー痛いー」

「ううう…!あっじゃあ私がさすってあげます!」

ばっと両腕を広げてみせる。

 

 

 

「…へえ、じゃあやってもらおーか」

「えっ」

私を見下すようににやりと笑って、先生は一歩私との距離を詰める。

それに続いて私の足が一歩下がった。

 

「どうした、なに逃げてんだよ」

「先生こそなんで近付いてくるんですか」

いつもならめんどくさそうな顔してさらっと交わすのに。近付いてはくれないのに。

 

が握りしめてるそれさえ渡してくれりゃ離れてやるよ。ほら、いい子だから俺に返しなさい」

一歩ずつ一歩ずつ、近付いては離れる。

それも限界は来るわけで、ついに下げた足の踵が壁に当たった。

 

 

「強情な奴だな。もう逃げ場はねぇぞ」

「う、うちのクラスがゴールするまで待ってください」

「俺の糖分のためにもそれはダメー」

ああそうか。

先生がここまでやるのは、デザートのためか。納得だ。

 

 

「ったく、俺が一番ならもっと大人しく渡すと思ってたんだがな」

チッと小さく舌打ちをして、先生は一気に私との距離を詰める。

胸元で握り合わせた微かに震える手を、先生の大きな手が、ぎゅっと包んだ。

 

 

「無理やり奪われたいんなら、そうするけど。優しくしてほしいんだろ?」

 

先生それセクハラっぽいです、と言い返す余裕なんてなかった。

眼鏡の奥に光る先生の目が、愛おしくて、怖い。

 

 

次第に抜けていく力に、手の中の鍵が重力に従うようにするりと抜け落ちる。

じゃら、と鍵の金属部分とストラップがぶつかる音で飛びかけていた意識が戻ってきた。

 

「あ、っ」

「よっしゃァァァ!まってろ俺の糖分!!!」

 

鍵を握りしめた先生は、それまでの雰囲気を嘘のように変えて窓から飛び出していった。

 

 

 

残された私はその場に座り込み、ただ呆然と窓の外を見ながら、うちのクラスに続いて先生のクラスがゴールしたことを知る。

スピーカーから聞こえてくる順位が何位だったのか私の頭には残らなかった。

 

ただ、今は、ただ茫然とこれが夢なのか現実なのか私の妄想なのか。

考える事が多すぎて、その場から動けなかった。

 

 

ひとつだけわかるのは、あの時以来触れた事のなかった先生の手が相変わらず暖かかったということ。

 

 

 

 

 

こうして、私の高校生活最後の文化祭は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

どきどき文化祭









(いい思い出になりやしたかィ、。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2015/12/20