空は晴天、とてもいい日和になった。
今日は銀魂高校の卒業式。
銀魂高校に通っていた割には平和な毎日を過ごしてきたと思う。
普通のクラスにしかいなかった私だけれど、思い出は十分できた。
涙声の卒業歌は、体育館どころか学校中に響いたと、そう思う。
友達との別れを惜しみながら、もう人が少なくなった校舎を歩く。
昨日まで学校に来ていたのに懐かしいと感じてしまうのはどうしてなんだろう。
3階、2階、そして1階。
ぐるりと廊下を回って歩いてきたが、あの人に会えていない。
Z組の生徒につかまっているのかと思ったがそうでもないらしく、Z組の教室はもうすっからかんだった。
どうしよう。
悩んでいるうちに下駄箱まで来てしまった。
信じていいんですよね、と言った私に頷いてくれたあの人はどこにいるのだろう。
校舎内にはもういないのだとすれば、外だろうか。
そう思って靴を履き替え、昇降口から外へ出た。
「おっせーよ、」
「…せ」
卒業式だったからかいつもの白衣ではなくスーツ姿だけれど、だるそうな声も目も変わりない。
少し曲がったネクタイが、銀八先生らしい。
昇降口から出たところの柱に凭れかかった背中をゆっくり起こして、先生は私を見る。
「ここで待ってりゃ会えると思ったが、まさかこんなにかかるとはな」
「わ、私だってずっと探してたんですよ。校舎全部歩いちゃったじゃないですか」
悔しい。もっと早く来ていればよかった、なんて今更だ。
「ほら行くぞ。学校内にいる間はまだ、先生と生徒だかんな」
ちょいちょいと手招きをされて、慌てて先生の後を追いかける。
校舎の外は春の日差しが眩しい。
先生の後ろを早歩きでついていく。
三歩、先生が先に校門の外へと出る。
「」
くるりと振り返った先生に呼び止められ、思わず足を止める。
そして先生は両手を広げて、にまっと笑った。
「来い、!」
息をのむ。心臓がどくん、とひときわ大きく脈打つ。
「……っはい!」
折角とまった涙がまたこぼれそうになるのを堪えながら、私は走り、先生に飛びついた。
やっと、捕まえた。
そう言ったのは私か先生か、どちらだっただろう。
「なにこれ、ドラマみたい、夢みたい」
「女子はこういうの好きだろ」
ぎゅううと思い切り抱きついた私を抱きしめ返してくれる腕が温かい。
背中を撫でる手も、髪を梳いていく手も、愛おしい。
「どうしよう。先生がかっこよすぎて死にそう」
「バッカ死ぬんじゃねーよ。これからだろ」
「でもドキドキしすぎて心臓止まりそうなんです」
「それは知ってる」
すげー伝わってくる、と言って私を抱きしめる腕に力を入れる。
「ちょ、やめてください!そういうののせいで死にそうなんですってば!」
「やめてほしいのか?」
「………」
やめないでほしい。
けど、そんなこと言えない。恥ずかしい。
「知ってましたけど、先生って結構な意地悪ですよね」
「そこも含めて好きになっちまったんだろ?」
「うぐぐ…」
にやにやと笑ってくる先生の余裕さが悔しくて、目をそらす。
「心の準備しとけ、って言っただろ」
「ごめんなさい。油断してました、やり直してきていいですか」
「だめ」
短く言って、先生は私の髪を梳いていた手で眼鏡を外した。
「もう待ってられっか」
言うが早いか、私と先生の唇が重なる。
押し付けられた唇に驚いて、思わず見開いた目の至近距離に先生がいる。
慌てて私も目を閉じても、瞼の裏に焼きついた先生の睫毛も閉じた目も消えやしない。
「ん、っ!!」
苦しい。長い。
えっちょっとまって息ってどうすんの?えっ、あれっキスってここからどうするの!?
力が入らないなりにも、先生の身体を押し返してみるとゆっくり唇を離してもらえた。
「っ、はあ、せ、んせ」
心の準備、やっぱりやり直したいです。
「…あのさ」
先生が視線をあちこち飛ばしながら、ぽつりと呟く。
「もしかして、初めてだった、とか?」
「……」
こくん、と頷く。
その瞬間に先生の顔がピシッと固まった。
「えっちょっマジでかァァァァ!」
ばっと体を離そうとするので、私は思わず先生のネクタイを掴んでしまった。
「うぐえっ!!ごめ、悪かった、悪かったから絞めるの禁止!」
「あ、ち、違うんです、ふわふわしてて一人で立ってられないから離さないでほしいんです!」
今先生に離されたら確実に膝から崩れ落ちる。
「あ、ああ、そういうアレ?初回からがっついてんじゃねーぞっていうアレじゃなくて?」
「それも半分ありますけど」
「半分はあるんだ」
なんにせよキャパオーバーだ。頭が追いついて行かない。
「なんでいきなり、その、したんですか」
先生に寄りかかるかたちで小さく言う。
「なんで、って…。そりゃあ決まってんだろ。あれだよ」
「あれって?」
「……」
黙ってしまった。
ちらりと顔を上げてみると、先生の顔が赤くなっていた。
「え、照れてるんですか…?」
「言っとくけどお前の顔の方が絶対赤いからな。俺なんか目じゃないくらい赤いからな」
そんなとこ強がられても困る。
ごくんと先生の喉が上下し、眼鏡越しじゃない先生の目が私を捉える。
「俺も、お前が…が好きだ」
少し掠れた低い声が、身体中を巡っていく。
「私も、すき、先生が、好き」
大好き。
視界が歪んでいる。
目に溜まった涙は零れ落ちはしないものの、私の視界を歪めていく。
「…な、もっかいしていい?」
それが何なのか、先生の手が私を撫でる位置で理解する。
うん、と頷く前にちょっとだけストップをかけた。
「さっきみたいに、名前、呼んでくれたら、していいです」
「ん?あ、そっか。癖って怖ェーな」
どうやらさっき私を名字で呼んだのは無意識だったらしい。
そういえば私も、どのタイミングで先生を先生って呼ぶのをやめたらいいんだろう。
そもそも何て呼んだらいいんだろう。
「、目ェ閉じて顔上げて」
…考えるのは、後にしよう。
「優しくしてください、ね」
「そんな殺し文句どこで覚えたんだか。…あんま自信ねーけど、努力する」
目を閉じてすぐに、また口を塞がれる。
さっきよりは優しくしてくれているのだろう、あんまり苦しくない。
寧ろ、温かくてやわらかくて、とろけそう。
ちゅ、と小さく音を立てて離れた先生に寄りかかる。
顔なんて見れやしない。
代わりに視界に入った先生の優しい手に、そっと指を絡ませた。
「やべーわ。止まんなくなりそう。もっと色んな事していい?」
「心の準備ができていないので、まだだめです」
絡めた指が離れないように握り返してくれる手が嬉しくて、やっぱり心臓が爆発しそうなくらい恥ずかしい。
「早く心の準備完了してくれよ。そうじゃねーと俺の方が限界きそう」
「…ど、努力します」
きっと、ゆっくりしか準備できないと思うけれど。
これからはもうリミットなんてないのだから、ゆっくり、一緒に歩いて行ける。
追いかけっこは、もう終わり。
手をつないでゆっくりと
(ここからはふたり一緒に、ゆっくり幸せになっていきましょう。)
2016/02/29